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      <title>社会と性を考えるために</title>
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      <description>社会をセクシュアリティの観点から考察するために役立つ本のレビューを掲載しています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>ポリセクシュアル・ラヴ―ひとつではない愛のかたち</title>
         <description>本書のタイトルである「ポリセクシュアル」という言葉が表すように、本書の内容は、対立する2つの性の間に存在する、多様な要素を取り上げることが特徴になっています。シーメールをテーマにした章では、男らしさ、女らしさという文化的側面と、肉体的差異、そして、心の性の渾然となった状態を、キムという人物や映画を上手く取り上げながら論じています。

本書を読むことで、純粋な男性・女性というものが実在すると信じてしまうことが、結果として人間の性をひどく貧しいイメージにしてしまうのでは、と気付かされます。あわせて、「性“別”」としてシッカリと別れているものとしてではなく、変容し、境界の曖昧な領域が存在するという理解は、セクシュアルマイノリティに対する理解を深いものにしてくれると思います。
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         <category>多様な性について</category>
         <pubDate>Tue, 23 Dec 2008 19:54:34 +0900</pubDate>
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         <title>異性愛をめぐる対話</title>
         <description>私たち社会の日常のなかで当たり前のこととして省みられることの無い、「人間が異性を好きになること」にスポットを当て、これを「異性愛」という言葉で明示的にあらわし、セクシュアリティに関わる人々の対談を通じてその内実に迫る本です。当たり前と思っていることの中に隠されている矛盾や、問題が明らかになっていくプロセスは注目です。

宮淑子氏の語る「主婦は“家庭内援交”という感覚を持っている」という指摘はショッキングです。と同時に、夫婦という心の繋がりと各々の自分らしさと、夫婦という社会的な枠との齟齬を考え合わせるとき、この家庭内援交という考え方にリアリティを感じもします。

また、丸山氏との対談の中では、学校の授業で「性」という言葉を聞いて思い浮かぶイメージを子供達にきくと「いやらしい言葉」でいっぱいになるという件が出てきます。そして、この理由を尋ねてみると、「そういうもんだとされてきたから」という答えが返ってきたそうです。この事実から、我々の文化の枠というものの強固さが表されているのを見る思いがします。

最後に本書は、こういった“枠（わく）”や“当たり前”も、ある社会的な力で生み出されてきたのであれば、時代が変わればまた新しい“当たり前”が生み出されるはずだとし、現在はその夜明け前なのではないだろうか、という言葉で締めくくっています。
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         <category>多様な性について</category>
         <pubDate>Fri, 19 Dec 2008 18:51:47 +0900</pubDate>
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         <title>私、わたし―ろう者で性同一性障害27歳の心の葛藤</title>
         <description>「人工内耳の手術を勧める人の気持ちの底には、聞こえることが当たり前で、聞こえないことは欠陥、という思いがあるような気がします。耳が聞こえないという障害は欠陥なのだから、取り除かれるべきだというわけです」という疑問の声から始まる本書は、ろう者で、かつ性同一性障害をもった著者による、これまでの人生を語るエッセイです。「ありのままであること、それを受けれること」この言葉がとても重く感じられる内容です。

家族全員がろう者という、いわゆるデフファミリーに生まれ育った著者は、幼稚園の頃「自分は違うな」と感じ始めていたそうです。初恋の相手は男の先生でした。ろう者であることと性同一性障害であることの両方を背負いながら進んで行く、そんな著者の十代の様子が、大きな戸惑いの渦として表現されています。そこでは、ろう学校で感じた疑問や気付きが織り交ぜられつつ、現在の著者のルーツを見ることが出来ます。

「今の私が好き」というポジティブな最終章を通じ、自分を開いて行くこと、受け入れることというものの大切さを、ひしひしと感じます。
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         <category>障害者の性について</category>
         <pubDate>Mon, 15 Dec 2008 19:50:50 +0900</pubDate>
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         <title>性について話しましょう―知的障害をもつ人々のために</title>
         <description>本書は、知的障害を持つ人が、自分自身で性のこと学習できるように考えられた性教育の本です。ちなみに本書は、スウェーデンの社会教育機関が作成した性教育教材を翻訳したものです。そのような成り立ちを持つ本書ですが、実際の利用方法としては、知的障害を持つお子さんをお持ちの親御さんや、教育指導、援護、相談業務に関わる人々が、それぞれの理解と実践のために読まれるのが良いでしょう。

その後、養護学校や援護サークルなどの環境で、知的障害をもつ人たちと共に学びの教材として使って行くことで、本書の良さを引き出すことが出来ると思います。

本書を特徴的なものとしているのは、同性愛について触れている点でしょう。「同性愛は危険なことではないこと」「同性愛者に対する最悪の脅かしは、まわりの人たちの態度によるものだということ」といった点に注意を呼びかけています。

その文章や用語の使い方からは若干古さも感じられますが、内容そのものの評価には関係のない程度かと思います。ペッティングやオーガズムのこと、避妊の仕方や性病のことまで、しっかりと触れられています。
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         <category>障害者の性について</category>
         <pubDate>Fri, 12 Dec 2008 23:49:49 +0900</pubDate>
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         <title>障害をもつ人たちの性―性のノーマライゼーションをめざして</title>
         <description>障害を持つ人たちの性とその周辺の人々や協力者に関する、その実態や問題点、課題といったものは、ベストセラー『セックスボランティア』によって一般の多くの人々の知るところとなりました。しかし、それ以前にもそういったテーマを真摯に扱った本が何冊か出版されています。本書は、そんな中の一冊です。

身体障害を持つ人たちの性、知的障害を持つ人たちの性、そしてボランティアたちによる性の面での援助について紹介・考察がなされています。

本書は表面的なルポルタージュやドキュメントではなく、障害を持つ人たちを取り巻く専門家たちによる、「性のノーマライゼーション」を目指した提言の書です。誰もが、自分の生き方を時分で決定する権利があるように、障害を持った人たちにも当然、自己決定権があります。そして、自分の性に関することを自己決定する権利もあります。

しかし、これまでの社会においては、「セクシュアリティの存在しない人々」というような暗黙の了解が存在していたのは否定できない事実ですし、このような意識が「性のノーマライゼーション」を阻害する一番の元凶だと気付かされます。

本書では、あくまでも淡々と専門家による解説や考察が行われていきますが、それらが示す事実を通じて、自らの視点やスタンスを再検証することが出来るものと言えます。取り扱われている範囲は広く、一般の人が「心のバリアフリー」を達成するための入門書としても大変有効です。
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         <category>障害者の性について</category>
         <pubDate>Fri, 12 Dec 2008 23:47:41 +0900</pubDate>
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         <title>知っていますか?セクシュアル・ハラスメント一問一答</title>
         <description>「セクハラ対策は一応始まったものの、防止や問題解決のための共通の認識や理解が定着したとは言えない」という著者による、一問一答形式の実用書です。「セクシャルハラスメントってどんなこと？」という基本的なことから始まり、対価型と環境型という2つのタイプを提示して、判断の助けとなるような情報を教えてくれます。

「アフターファイブはセクハラにならない？」や「社内恋愛とセクハラはどうちがう」といった、実は案外良く分かっていない項目についても基本的なところから解説されているため、“わかっているつもり”という状態を改善することができるでしょう。

後半では、残念ながらも実際にセクハラが起こってしまった場合について、社員による苦情のレベルから対立状態、裁判による訴えに至るケースまでが、具体的に取り上げられています。

ボリュームはさほど多くありませんが、基本事項が満遍なくシッカリと押さえられていますので、職場や大学などに常備しておくハンドブックとして役立つことでしょう。
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         <category>セクハラについて</category>
         <pubDate>Fri, 12 Dec 2008 23:43:30 +0900</pubDate>
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         <title>セクハラ救済ハンドブック20問20答―法制度を活用して明るい社会に</title>
         <description>その言葉は広く知れ渡り、人々の間で、社会において、意識される機会が増えた“セクハラ”ですが、実際には男性社会の慣習という名の偏見や常識といったものが根強く存在していることは、残念ながら疑いない現状です。本書は、そのような現場において、セクハラの相談や被害解決に当たっている人々のサポートとなるように書かれた、実用的でコンパクトなハンドブックです。

セクハラの基本事項から法制度の実際、会社などの組織との兼ね合い・折り合いといったものまで、内容は大変実際的です。その特徴は、第2部「セクハラ被害救済の実例」にあらわれています。ここでは、「セクハラに関する10の神話」を取り上げ、それらに潜む誤解と偏見を暴いて行き、正しい理解と対応を促しています。

具体的には、「加害者だけでなく被害者にも責任がある」「本当に嫌なら抵抗できたはずだ」「セクハラには許されるものと、そうでないものがある」「セクハラと受け止めるかは個人差がある」「セクハラは不倫とどう違うの？」など、ついつい口にされたり流されてしまいがちな点が、あらためて検証されています。

本書は、こういった内容が100ページ足らずの中にコンパクトにまとめられており、これまでの裁判での判例や、相談窓口連絡先も掲載された、とても実用的なものとなっています。
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         <category>セクハラについて</category>
         <pubDate>Fri, 12 Dec 2008 23:18:16 +0900</pubDate>
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         <title>熟年とエロス</title>
         <description>数多くの熟年カップルへのインタビューを通じ、熟年層の性、恋愛といった側面を炙り出す試みです。著者も言うように、本書における“エロス”とは、性行為を含めた異性との交流によって培われた、人をにじり寄らせるような人間的魅力だ、としています。このことを踏まえて本書を読むことで、人間の成長と成熟、そしてそこに生まれる魅力（エロス）というものが伝わってくるのではないでしょうか。

そして、これからの高齢化社会における、人生のクオリティというものに対する考え方が新たに生じてくるように思います。いみじくも著者は前書きで「恋せよ熟年」と言っていますが、まさに言いえて妙です。
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         <category>高齢化社会と性について</category>
         <pubDate>Tue, 28 Feb 2006 12:05:51 +0900</pubDate>
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         <title>愛に飢えてる人びと</title>
         <description>「仕事を通り越し、友人や知人、または訳のわからない関係に至ってしまった人々で、私の日常そのもの」という“愛に飢えている人々”が、これでもかというくらい登場する本です。ひとことで愛に飢えていると言っても、そこには性に翻弄される10代の女の子から、巨乳に群がるご老人まで、本当に様々な人々が登場します。その数ザッと60人。

文章は軽いエッセイタッチのもので、サクサク読めます。内容としては、著者の主張や考察といったものは前面には出てこず、あくまで驚きの気持ちや溜息とった感想をおりまぜつつ、プレゼンテーターとしての立場に徹している印象です。

面白かったのは、第2章の「欲望の海に溺れる人々」で、スワッピングに興じる主婦、死骸に欲情する女性、盗撮魔の不倫相手などなど、「色々な人いるなあ……」と素朴な溜息が自然と出てしまいます。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Mon, 27 Feb 2006 12:04:38 +0900</pubDate>
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         <title>もうひとつの青春―同性愛者たち</title>
         <description>様々な個性と経歴を持つ、どこにでもいる20代の7人の若者たち。彼らはありふれた同性愛者です。そんな彼らがHIVの恐怖と戦い、世の不条理に苦しみ、同胞達との関係や支持団体との関係に心を悩ませて行く姿が、著者による永年にわたる丁寧な取材によって真っ向から描かれ、ありのままの迫力をもって迫ってきます。

青年の家で起こったある事件から、都を相手に訴えを起こしていきますが、そこに表れるのは、異性愛者の国“日本”の無理解な姿でした。耳を疑いたくなるような発言から透けて見える、社会の硬直性と差別意識に、やり切れない思いになると同時に、マイノリティの現実というものに愕然とさせられます。あなたも、彼ら7人のすさまじくも切ない青春模様を読み取って欲しいと思います。
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         <category>同性愛について</category>
         <pubDate>Sun, 26 Feb 2006 12:02:48 +0900</pubDate>
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         <title>セクシュアル・ストーリーの時代―語りのポリティクス</title>
         <description>自らが秘めていたことを語り出す人々が増えたと言われています。それは性的なカミングアウトであったり、吐露であったり様々です。問題は、なぜそういう行動を取る人々が増えたのか、それは社会的、文化的変容の結果なのか、そしてそれは具体的にどのようなものなのか、など多岐に渡ることでしょう。本書では、「語り」というものにスポットを当て、それらの具体例を交えながら、社会と文化の変容に注目していきます。

「語り（ストーリー）」という行動においては、語り手と聴き手が存在してストーリーの場を構成しますが、ここで生じるのは語り手から聴き手への一方通行のコミュニケーションではなく、双方の能動的・心的働きかけによる「共同作品」と捉えることができるでしょう。本書では、セクシュアルストーリーを生み出そうとする動機や、カミングアウトによって発生するもの・変化するもの、また語りによって認識される事実は真実なのかなどについて検討を加えています。

なお本書には、補論として「日本におけるテリング・セクシュアル・ストーリー」が掲載されています。また、脚注と参考文献表も大変充実しています。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Sat, 25 Feb 2006 12:01:39 +0900</pubDate>
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         <title>性の人権教育論―21世紀を拓くアクティビティー</title>
         <description>「性教育の実践を始める方にとって大切なのは、“すぐに役立つハウツウ”ものを追いかけることではありません」と喝破する著者は、「人間にとって性とは何か」「なぜ性教育なのか」「性教育で何を目指すのか」といった理念を深く認知して性教育の開発にこだわる信念が大切だ、と説きます。そんな著者による、ここ数年の論考を集めたのが本書です。

第1章では、セクシュアリティの人権について、歴史を通して考えられています。「近代性学名著探検記」では、明治時代の性の本が紹介されており、当時すでに相当な“事実の紹介”がなされており、セクシュアリティの夜明けとも言えるその内容を知ることが出来ます。

第3章では、同性愛について触れられており、同性愛裁判（アカーが訴えを起こした「府中青年の家」裁判）を傍聴していた著者の見解を含めレポートされています。

第4章では、「性の人権教育」をテーマに、現在の教育に対する検証と問題提起を行っています。ここでの「自慰寸考」は、男の子の性教育に熱心に取り組まれている著者らしい内容になっており、読者は新鮮な視座を獲得できると思われます。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Fri, 24 Feb 2006 12:19:54 +0900</pubDate>
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         <title>セクシュアリティの近代</title>
         <description>「男性のセクシュアリティについては、あまり語られてこなかった。男は、女の身体やセクシュアリティばかりでなく、自分自身のそれについても無知であり続けている」という自戒を込め、広い視野から近代のセクシュアリティに対して考察されたのが、本書です。

第5章では「男らしさ女らしさの神話」と題して、大正・昭和の初期の婦人雑誌の記事を通じて、当時の性の意識のあり方や、「らしさ」という社会的な病が生まれて行くまでを追っています。婦人雑誌「主婦の友」の「娘と妻と母の衛生読本」を取り上げ、その内容を引き合いに、そこに込められた意図を探ります。そして、結果的に女性のセクシュアリティを囲い込んでしまい、女性らしさという病を生み出したことを順を追って指摘しています。

また面白いのは、「娘と妻と母の衛生読本」は女性向けでありながら男性に関する記述も多く、男性のセクシュアリティに対しても同様の“らしさ”の病を生むことになったという視点です。女性の問題解決のための情報それ自体が、男性を“らしさ”で囲った上でのものであることがその原因ということです。

あわせて興味深いのは、「男らしさ女らしさ」から外れてしまう部分を“治療するため”の情報も雑誌広告によって読者に伝えられており、これらが補完するかたちで「らしさの病」がこの時代に浸透していったと指摘する部分です。

本書は、明治、大正、昭和初期の性を追うことで、最後には母性愛というキーワードを絡めつつ進んで行き、読者に“性家族”の実際とその現在との共通点の多さを感じさせてくれます。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Thu, 23 Feb 2006 12:18:28 +0900</pubDate>
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         <title>セクシュアル・ライツ―人類最後の人権</title>
         <description>「セクシュアルライツ」ときいて、それが何であるかが直ぐにわかる人は、現状ではそう多くは無いでしょう。著者曰く、“最後の人権”とまで言い切るセクシュアルライツとは何なのか、そしてそれは我々に何をもたらすのかということについて、本書は順を追いながら、その問題点も含め解説されています。

第1章では、「プライバシー」という名の「人権」の基底は「性」であるとし、この性への人権感覚の欠如が、女性やマイノリティの人々のセクシュアリティを差別し、貧しい状況に追い込んでいると指摘します。なるほど、このことは、例えば学校で男の子にからだのことでからかわれる女の子や、ゲイを笑いのネタにするメディアといったものを振り返ってみることでも納得できる点です。著者は、この視点を基本とし、性器の自立性やプライバシー、学習の権利といった部分に言及しています。

第5章からの「問題点からの開放」では、“子供の性の学習権”というと捉え方を切り口に、子供の性の人権が持つ意味と現状での問題点を考えています。他にも、これまで「男・女らしさ」と呼ばれていたものが、このセクシュアルライツに照らした場合、これらがどういった意味において問題であるのかが、あらためて明らかにされています。

第10章の「セクシュアルライツの行方」では、今後の展望と、乗り越えて行くべき課題が取り上げられています。著者の言う、「21世紀は性的自立と共生の実現へ」というスローガンが実現するかどうかは、読者一人ひとりの感想を待たねばならないでしょう。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Wed, 22 Feb 2006 12:12:23 +0900</pubDate>
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         <title>毒婦の誕生―悪い女と性欲の由来</title>
         <description>明治日本に現れた、悪い女の極みの表現と言える「毒婦」。その象徴と言えるのが“高橋お伝”なる女性だと言います。本書では、彼女の生き様を軸に、当時の世相やメディアのあつかいと、そのことによって作り上げられていった毒婦というイメージを追っていきます。一種､ドキュメンタリー的な語り口調で当時をよみがえらせます。そして、単なる悪女という意味だけではなく、そこには、幾重にも重なった性の言説がメディアを通じて刻印されてきたことを知ることになります。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Tue, 21 Feb 2006 12:10:32 +0900</pubDate>
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