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      <title>社会と性を考えるために</title>
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      <description>社会をセクシュアリティの観点から考察するために役立つ本のレビューを掲載しています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2006</copyright>
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         <title>熟年とエロス</title>
         <description>数多くの熟年カップルへのインタビューを通じ、熟年層の性、恋愛といった側面を炙り出す試みです。著者も言うように、本書における“エロス”とは、性行為を含めた異性との交流によって培われた、人をにじり寄らせるような人間的魅力だ、としています。このことを踏まえて本書を読むことで、人間の成長と成熟、そしてそこに生まれる魅力（エロス）というものが伝わってくるのではないでしょうか。

そして、これからの高齢化社会における、人生のクオリティというものに対する考え方が新たに生じてくるように思います。いみじくも著者は前書きで「恋せよ熟年」と言っていますが、まさに言いえて妙です。
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         <category>高齢化社会と性について</category>
         <pubDate>Tue, 28 Feb 2006 12:05:51 +0900</pubDate>
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         <title>愛に飢えてる人びと</title>
         <description>「仕事を通り越し、友人や知人、または訳のわからない関係に至ってしまった人々で、私の日常そのもの」という“愛に飢えている人々”が、これでもかというくらい登場する本です。ひとことで愛に飢えていると言っても、そこには性に翻弄される10代の女の子から、巨乳に群がるご老人まで、本当に様々な人々が登場します。その数ザッと60人。

文章は軽いエッセイタッチのもので、サクサク読めます。内容としては、著者の主張や考察といったものは前面には出てこず、あくまで驚きの気持ちや溜息とった感想をおりまぜつつ、プレゼンテーターとしての立場に徹している印象です。

面白かったのは、第2章の「欲望の海に溺れる人々」で、スワッピングに興じる主婦、死骸に欲情する女性、盗撮魔の不倫相手などなど、「色々な人いるなあ……」と素朴な溜息が自然と出てしまいます。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Mon, 27 Feb 2006 12:04:38 +0900</pubDate>
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         <title>もうひとつの青春―同性愛者たち</title>
         <description>様々な個性と経歴を持つ、どこにでもいる20代の7人の若者たち。彼らはありふれた同性愛者です。そんな彼らがHIVの恐怖と戦い、世の不条理に苦しみ、同胞達との関係や支持団体との関係に心を悩ませて行く姿が、著者による永年にわたる丁寧な取材によって真っ向から描かれ、ありのままの迫力をもって迫ってきます。

青年の家で起こったある事件から、都を相手に訴えを起こしていきますが、そこに表れるのは、異性愛者の国“日本”の無理解な姿でした。耳を疑いたくなるような発言から透けて見える、社会の硬直性と差別意識に、やり切れない思いになると同時に、マイノリティの現実というものに愕然とさせられます。あなたも、彼ら7人のすさまじくも切ない青春模様を読み取って欲しいと思います。
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         <category>同性愛について</category>
         <pubDate>Sun, 26 Feb 2006 12:02:48 +0900</pubDate>
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         <title>セクシュアル・ストーリーの時代―語りのポリティクス</title>
         <description>自らが秘めていたことを語り出す人々が増えたと言われています。それは性的なカミングアウトであったり、吐露であったり様々です。問題は、なぜそういう行動を取る人々が増えたのか、それは社会的、文化的変容の結果なのか、そしてそれは具体的にどのようなものなのか、など多岐に渡ることでしょう。本書では、「語り」というものにスポットを当て、それらの具体例を交えながら、社会と文化の変容に注目していきます。

「語り（ストーリー）」という行動においては、語り手と聴き手が存在してストーリーの場を構成しますが、ここで生じるのは語り手から聴き手への一方通行のコミュニケーションではなく、双方の能動的・心的働きかけによる「共同作品」と捉えることができるでしょう。本書では、セクシュアルストーリーを生み出そうとする動機や、カミングアウトによって発生するもの・変化するもの、また語りによって認識される事実は真実なのかなどについて検討を加えています。

なお本書には、補論として「日本におけるテリング・セクシュアル・ストーリー」が掲載されています。また、脚注と参考文献表も大変充実しています。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Sat, 25 Feb 2006 12:01:39 +0900</pubDate>
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         <title>性の人権教育論―21世紀を拓くアクティビティー</title>
         <description>「性教育の実践を始める方にとって大切なのは、“すぐに役立つハウツウ”ものを追いかけることではありません」と喝破する著者は、「人間にとって性とは何か」「なぜ性教育なのか」「性教育で何を目指すのか」といった理念を深く認知して性教育の開発にこだわる信念が大切だ、と説きます。そんな著者による、ここ数年の論考を集めたのが本書です。

第1章では、セクシュアリティの人権について、歴史を通して考えられています。「近代性学名著探検記」では、明治時代の性の本が紹介されており、当時すでに相当な“事実の紹介”がなされており、セクシュアリティの夜明けとも言えるその内容を知ることが出来ます。

第3章では、同性愛について触れられており、同性愛裁判（アカーが訴えを起こした「府中青年の家」裁判）を傍聴していた著者の見解を含めレポートされています。

第4章では、「性の人権教育」をテーマに、現在の教育に対する検証と問題提起を行っています。ここでの「自慰寸考」は、男の子の性教育に熱心に取り組まれている著者らしい内容になっており、読者は新鮮な視座を獲得できると思われます。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Fri, 24 Feb 2006 12:19:54 +0900</pubDate>
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         <title>セクシュアリティの近代</title>
         <description>「男性のセクシュアリティについては、あまり語られてこなかった。男は、女の身体やセクシュアリティばかりでなく、自分自身のそれについても無知であり続けている」という自戒を込め、広い視野から近代のセクシュアリティに対して考察されたのが、本書です。

第5章では「男らしさ女らしさの神話」と題して、大正・昭和の初期の婦人雑誌の記事を通じて、当時の性の意識のあり方や、「らしさ」という社会的な病が生まれて行くまでを追っています。婦人雑誌「主婦の友」の「娘と妻と母の衛生読本」を取り上げ、その内容を引き合いに、そこに込められた意図を探ります。そして、結果的に女性のセクシュアリティを囲い込んでしまい、女性らしさという病を生み出したことを順を追って指摘しています。

また面白いのは、「娘と妻と母の衛生読本」は女性向けでありながら男性に関する記述も多く、男性のセクシュアリティに対しても同様の“らしさ”の病を生むことになったという視点です。女性の問題解決のための情報それ自体が、男性を“らしさ”で囲った上でのものであることがその原因ということです。

あわせて興味深いのは、「男らしさ女らしさ」から外れてしまう部分を“治療するため”の情報も雑誌広告によって読者に伝えられており、これらが補完するかたちで「らしさの病」がこの時代に浸透していったと指摘する部分です。

本書は、明治、大正、昭和初期の性を追うことで、最後には母性愛というキーワードを絡めつつ進んで行き、読者に“性家族”の実際とその現在との共通点の多さを感じさせてくれます。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Thu, 23 Feb 2006 12:18:28 +0900</pubDate>
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         <title>セクシュアル・ライツ―人類最後の人権</title>
         <description>「セクシュアルライツ」ときいて、それが何であるかが直ぐにわかる人は、現状ではそう多くは無いでしょう。著者曰く、“最後の人権”とまで言い切るセクシュアルライツとは何なのか、そしてそれは我々に何をもたらすのかということについて、本書は順を追いながら、その問題点も含め解説されています。

第1章では、「プライバシー」という名の「人権」の基底は「性」であるとし、この性への人権感覚の欠如が、女性やマイノリティの人々のセクシュアリティを差別し、貧しい状況に追い込んでいると指摘します。なるほど、このことは、例えば学校で男の子にからだのことでからかわれる女の子や、ゲイを笑いのネタにするメディアといったものを振り返ってみることでも納得できる点です。著者は、この視点を基本とし、性器の自立性やプライバシー、学習の権利といった部分に言及しています。

第5章からの「問題点からの開放」では、“子供の性の学習権”というと捉え方を切り口に、子供の性の人権が持つ意味と現状での問題点を考えています。他にも、これまで「男・女らしさ」と呼ばれていたものが、このセクシュアルライツに照らした場合、これらがどういった意味において問題であるのかが、あらためて明らかにされています。

第10章の「セクシュアルライツの行方」では、今後の展望と、乗り越えて行くべき課題が取り上げられています。著者の言う、「21世紀は性的自立と共生の実現へ」というスローガンが実現するかどうかは、読者一人ひとりの感想を待たねばならないでしょう。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Wed, 22 Feb 2006 12:12:23 +0900</pubDate>
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         <title>毒婦の誕生―悪い女と性欲の由来</title>
         <description>明治日本に現れた、悪い女の極みの表現と言える「毒婦」。その象徴と言えるのが“高橋お伝”なる女性だと言います。本書では、彼女の生き様を軸に、当時の世相やメディアのあつかいと、そのことによって作り上げられていった毒婦というイメージを追っていきます。一種､ドキュメンタリー的な語り口調で当時をよみがえらせます。そして、単なる悪女という意味だけではなく、そこには、幾重にも重なった性の言説がメディアを通じて刻印されてきたことを知ることになります。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Tue, 21 Feb 2006 12:10:32 +0900</pubDate>
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         <title>性感染症の社会学―わが国における性感染症の動向</title>
         <description>今日、STDが人類にとって最大の感染症となって戦いを挑んできています。「なぜSTDを撲滅できないのか？　なぜ今、新たなSTDが登場してきたのか」という疑問を、著者は、STD研究者として長年持っていたと言います。そして、社会学を学ぶ過程で、この疑問を解くカギは「STDの歴史と人間の交流の歴史との関係に見出すことが出来るのではないだろうか」と考察し、卒業論文を経て誕生したのが本書とのことです。

本書は、STDと人間との関わりの歴史を振り返りつつ、変貌するSTDの現状と日本の現状を紹介することを通じ、読者に正しいSTD認識を与えてくれるものです。本書は80ページ足らずのコンパクトなものですが、学術的なSTDの俯瞰には役立つことでしょう。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Mon, 20 Feb 2006 12:18:59 +0900</pubDate>
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         <title>美人コンテスト百年史―芸妓の時代から美少女まで</title>
         <description>「男が女を隷属させている」というフェミニズム的批判にさらされる美人コンテストですが、著者は、美人コンテストはたかだか100年ほどの歴史しかなく、普及し出したのは1970年代以降のことだと指摘し、「それ以前の時代にも男は女を隷属させていた。今以上に男優位の社会が存在したがミスコンは開かれない」ことを述べています。では、美人コンテストが普及した理由は何なのか、それを探るのが本書です。

著者も嘆息するように、参考文献もなく、先行研究も皆無なこの分野のことですので、結果的に本書は風俗史読み物という風体に収まってしまっている嫌いがあります。しかし、美人コンテストそのものを対象とした書物が僅かである現状、よくまとまった資料としての価値は十分にあるといえます。
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         <category>ジェンダー・フェミニズムについて</category>
         <pubDate>Sun, 19 Feb 2006 12:17:34 +0900</pubDate>
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         <title>パンツが見える。―羞恥心の現代史</title>
         <description>白木屋事件を、当時の新聞やインタビューなどの仔細な調査を通じて洗いなおすその冒頭部分から、本書の内容にグイグイ引きこまれていきます。墜落して命を落とした女性たちの避難行動を検討することによって、「羞恥心」が行動を制限した結果でないことが明らかにされるところは、サスペンス的ですらあります。

この白木屋事件を導入に、ズロースの普及、スカートファッションの発展とミニスカートの登場、また、男性の性的な視線と女性の意識のズレについて、当時の新聞や写真などの資料を駆使しつつ考察して行きます。そうして、“スカートの下の劇場”という概念に到達して行く20世紀日本の“パンツの歴史”が描かれています。

小説も文化史を描く上での資料となり得るというスタンスをもつ著者によって、高橋鉄や野坂昭如の作品が取り上げられ、当時の男性の“性のときめき”がよみがえります。

恥ずかしいからパンツをはいたのではなく、パンツをはいたから恥ずかしさが芽生えたのであれば、では、なぜパンツは恥ずかしさを生み出したのでしょうか。そのことの答えは、男性と女性の感性のズレの歴史を追うことで見えてくるものだと、本書を通じて分かってきます。
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         <category>古今の風俗文化について</category>
         <pubDate>Sat, 18 Feb 2006 12:19:07 +0900</pubDate>
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         <title>キリスト教とセックス戦争―西洋における女性観念の構造</title>
         <description>西洋世界における「女性のイメージ」というものは、いわゆる抑圧する対象としてではなく、むしろ恐れの対象としてあったと言います。それらの文化が醸成していった過程とその理由を、西洋世界の土台、キリスト教を探ることで解き明かしていきます。そこでは、キリスト教が持つ性的神経症とも呼べる特異な構造が明らかにされていきます。

とは言え、本書はキリスト教糾弾の書ではありません。強いて言えば神学者たちがもたらした影響に対してと言えるでしょう。キリスト教世界が持つ女性への偏見や蔑視を本質的に理解しようとするならば、本書はそのために目を通すべき一冊であると言えるでしょう。かなり大部な本ですが、キリスト教の処女性への向き合い方など、興味深い項目が豊富です。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Fri, 17 Feb 2006 12:17:35 +0900</pubDate>
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         <title>性の女性史</title>
         <description>本書は、「性には歴史がある」「性とは社会的なものだ」という認識に立脚し、その上で、「性は自然そのもの」「性は、いつの世も変わることの無い性である」という“性の普遍主義=不変主義”に異を唱え、そして、愛や性の表現方法が歴史的に不変のものではないということを示す、一般向けの性の通史です。

本書には、クリスチーン・ローチェによるイラストとマンガが豊富に取り入れられており、有史以来の女性史を性の変容の歴史として、また、恋人たちの振る舞いの歴史として、一般の人々にも楽しみながら読み進められるように工夫されています。

切り口となるテーマとしては、「神や英雄としての女たち」「欲望の国々」「書き言葉の流布」「受胎調節」「ペニスについて」「フリーセックスをする人たち」「達する」など、興味をそそられ、また、刺激的でありながらも知的にも十分満足の行くものが並んでいます。
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         <category>ジェンダー・フェミニズムについて</category>
         <pubDate>Thu, 16 Feb 2006 12:16:01 +0900</pubDate>
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         <title>近代帝国日本のセクシュアリティ</title>
         <description>本書は、言うなればロナルド・ハイアム著『セクシュアリティの帝国──近代イギリスの性と社会』の日本版です。明治維新後、日本が欧米にならって近代化を進める過程において、セクシュアリティはどのように変化していったのかについて、イギリスと同じく植民地政策をとった共通点を踏まえつつ考察されています。

本書の特徴は、「人々の生活体験的な視点でのセクシュアリティの変化を、なるべく分かりやすく描こうと考えた」という点にあります。

しかし、考察の対象が広範囲にわたることにより、掘り下げ方に若干物足りなさを感じること、その結果として、情報カタログ的な内容になっていることが残念です。しかし、維新以降から大戦ごろにかけての概論としては、とてもよくまとまった本だと言えるでしょう。
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         <category>社会的考察について</category>
         <pubDate>Wed, 15 Feb 2006 12:14:53 +0900</pubDate>
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         <title>ジェンダーフリー・性教育バッシング</title>
         <description>本書44ページにもあるように、ジェンダーフリーの基本的な意味とは、「社会的・文化的性差に対する偏見（ジェンダーバイアス）から開放されること」であり、硬直した偏見や先入観をとりのぞこうとするものと言えます。それがどういうわけか、ジェンダーフリー思想そのものが共産主義思想と結び付けられ、過激な革命思想のように喧伝されているのは、いささかバランスを失した状況と言えます。

一時のジェンダーフリー叩きを見て、なにか変だなと思われた方、また、「そんなにひどいものなら、その内容をあらためて知っておきたい」という方は、ぜひ本書を読まれて、ご自身の判断の材料にされることをおすすめします。

結局は、ジェンダーフリー思想がどうであるか、ではなく、それを踏まえて個々人がどのように考え行動するかに尽きると思います。「性について自分の頭で考える」ための素材として参考にされてはいかがでしょうか。
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         <category>ジェンダー・フェミニズムについて</category>
         <pubDate>Tue, 14 Feb 2006 12:13:40 +0900</pubDate>
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